家族以上のなにか

こんにちは!ERIKAです♪
今日はVitalityのことではないのですが「家族以上のなにか」についてずっと心にへばりついているので、吐き出させてください。

近年、youtubeをはじめとしたメディアで幅広く聞かれるワードの中に「生命保険は無駄」という文字を多く見かけて
その「無駄」に月に数万払っている私としては非常に心苦しい思いをして聞いておりました。

理由はその方達の主張を見ていただければいいとして、理屈としては私も納得しますね
確かに貯蓄があれば、無駄だと思います。
ただ、無駄と決める価値はそれぞれ。
今日は私の過去にお世話になった保険のおばちゃんについて、小話を‥。
私の母が生きているうちは、このブログを母も見ていたのであまり多く語れなかったことでもあるのですが、いつかどこかで話をしたいなぁと思っていた内容です。

母は、子供や家庭よりも仕事が最優先の人でした。
最優先にしたかったというよりは、状況や素質がそうさせた、というほうが正しいかもしれません。
母親でいるよりも、商売の世界で輝くほうが居心地がよかったんでしょうね。
小さい商店を営んで、その場で売り、外に卸し‥と朝から晩まで忙しく働いていました。
結果、私が家で食べる毎日の夕飯はスーパーのお弁当でしたし、高校は公立で学食などはありませんでしたが手作りでお弁当を作ってもらったことがありません。
私には姉がいますが6歳離れているため、記憶の中ではちょっとステージが先というか、接点が少なく、家で家族で食卓を囲んだ記憶すらありません。
人間には得意不得意や、その場の優先事項がありますので、仕事優先の母を責める気もないですし、母も同じように育ち、家庭とはそうゆうもんだと思っていたのだと思います。

女優ばりに綺麗でいつもモテモテで、勝気で実はちょっと弱い自慢の母でしたが、同性の友達はいなかったと記憶しています。

唯一の女性を除いて。

それが当時の住友生命保険のおばちゃんこと、林さんです。

林さんは母の店に足繁く寄っては、地方で買った漬物とか、自分で作った煮物とかを置いていき、たわいもない会話をして帰っていく女性でした。
大半が、母とのたわいもない会話がメインの人だったので、小さいときは「友達なんだな」と思っていたんです。

うちの母は育児に無頓着でしたので、子供が何をすれば喜ぶのか考えたり、「親とはこうゆうもの」という概念がすっぽりと抜けており
私が運動会だろうが、卒業式だろうが、事業参観、学習発表会だろうが、時間を開けてきてくれることはありませんでした。
自分が親になり、通勤1時間半かけていた私からすると、顔出すだけでも半日潰れてしまうので、「自営業抜けてきても1時間程度じゃん!」と思いますが、
当時は私も「仕事抜けて来て、その後忙しそうにされてもな」と思って、来て欲しいと伝えてこなかったのですが、こんなおばさんになっても、今だに思い出すと言うことは少し寂しかったのかもしれませんね。
小さい頃、別々に住んでいたこともあって、甘えてはいけないという意思があったのかも。

そんな時、私だけを見に来てくれていたのが、林さんだったんです。
私は林さんに来て欲しいと頼んだ記憶はないのですがなぜかいるんです。
子供だったので、その背景はわかりません。
ただ母が頼んでいたなら、性格的に絶対私に言うと思うので、母が頼んだのではないはずではないです。
人に頼んで後々お礼言うくらいなら、自分で動くタイプの人ですし、実際、孫の運動会は何がなんでも時間を空けて来てくれていました(笑。

私が運動会で振り返ると林さんと目が合い手を振っていて、事業参観では廊下にいて、卒業式にはなぜか泣いている林さん。
中学生ともなると「なぜ林さんが泣く?」と少し笑いのネタになっていたのですが、いまだに覚えているのはやはり嬉しかったから。
多分ですが、育児に無頓着な母を見て、子供である私を不憫に思っていたんだと思います。
そうそう、母は魚が嫌いだったので、焼き魚とか煮魚とか料理してくれた事はなかったのですが、林さんが頻繁に手作り魚料理を差し入れてくれていました。
私は魚が大好きで、とても楽しみでした。それを食べる私を見ては「ゴミ‥ちゃんと捨ててね」と苦々しく言う母の顔を今でも思い出せます。

特にこの内容に、みなさんの行動を促したり、何かの主張をしたいというわけではないんです。
ただ単に暇だったから母との思い出を書いたまでなのですが、
この年になって、他人のために自分の時間を開ける大変さや、人の子供の運動会を見にいく気持ちが少しずつわかってきて思うことがあります。
林さんが当時、母や私に寄り添っていてくれたことや、
母が来ないことで、子供である私が不憫と思って自分の時間を空けてきてくれていたこと。
たとえそれが営業のためだったとしても、実際に私自身がとても嬉しかったこと。

林さんのご家族も知っていましたし、家にも泊まりに行ったこともあったのでわかることですが林さんは生活のために働いていた人ではないように見えました。
おそらく生保の仕事が好きで、色々な人の隙間に一歩踏み込んでいくことがとても得意な人だっただけだと思います。

今はコロナの件もあってネットで全て完結する時代ですし、人と人とが直接会わずに関わらないで生きていく生活スタイルが確立しつつありますが
林さんのように、「家族ではないけど家族以上」というちょっとお節介なおばちゃんが少なくなってしまうのは非常に寂しいなと思っています。

また、母の死直後、何をしていいのかわからない私たちの力になってくれたのは、母が加入していた互助会の営業の女性でした。
あの時、あまりにも急なことでパニックになりながらも、葬儀・火葬の件で、費用なども含めて相談できたのは、「互助会のおばちゃん」です。
母が互助会営業女性の名刺を置いておいてくれたおかげで、連絡をいれたらすぐに駆けつけてくれました。
火葬場にもきてくれました。
葬儀・火葬なんて、親族の立場で慣れるほど数をこなせないのが普通なので、「一般的が何か」がわからない私たちは、非常に助けてもらいました。
コロナ感染者数の多い東京に、地方からの親戚を呼べず、頼れる年配者が誰もいない状態での見送りでしたので、あの時は確かに身内以上に身内でした。
インターネットで生計を立ててる私でさえ、ネットで調べても納得できずに、さらに翌日に互助会の方に相談していました。
例えば「あの、分骨する場合って‥」みたいな、その場にならなければ思いつきもしない質問など、ですね。
母が、生前互助会に入ったという話を聞いた時は、「またなんか引っかかってる。互助会なんて無駄だなぁ」と思っていたのですが、実際その身になってみないと気がつけない事ってありますね。
保険も互助会もビジネスとして成り立っていることは十分にわかっています。
その手数料が含まれた金額だと言うことも十分わかっています。
でも、私は互助会の会員にもなろうと思っています。
そこで「家族ではないけど家族以上」の他人がいることが、自分以外の誰かのためになることを知っているからです。
そうゆう簡易的に説明できない仕事が、無くなってほしくないなぁと思う今日この頃です。